愛は限りなく

書簡を見つめ伏せた瞳。

その瞳を守るために与えられた、たっぷりとした金色の長い睫毛。

「主上。私の顔に何か。」

伏せられていた瞳を陽子にむけ景麒は素っ気無い様子で言葉を発した。

「何でもない。」

景麒の顔から視線を逸らし陽子は言う。

心の底で思う、自分だけの楽しみを見つけた。

視線を感じる時がある。

玉璽を押す手を止めて、何を思うのか主は私の顔を見つめ続ける。

戸惑いながら声をかければ、深く永久の緑と視線がぶつかる。

深い眼差し、強い虹彩をかえす瞳。

長くは見つめられない、私が視線をそらす前に主は手元に視線を落とす。

何か、伝えられない思いを秘めたように・・・

春曉の空が紅に染まる。

足元から驚くほど大きな体に翼を持った蛾が飛び立った。

生命の強さを感じさせる。

翼を細かく震わすように高く高く舞い上がる。

視界に入る全ての景色を染めて太陽もまた天に昇ろうとしていた。

景麒は再生の朝が始まったのだと安堵した。

遠い秋の空、鬱金色の夕日に生命を終えた蝶が散るのを陽子と共に見たことが酷く記憶に蘇る。

「穢れではないの。」

陽子の質問に景麒は答える。

「自然の流れのなか、去り行く命の何処が穢れなのでしょう。」

言葉を切ってから、諭すように陽子に話す。

「自然に繰り返される事まで穢れであっては、私は生きてはいけぬほど弱い者になってしまいます。水の流れを止められないのと同じです。生命の終わりが全て穢れなのではありません。」

その回答に陽子は納得したようだった。

「それもそうだね。私はまだ景麒のなんたるかを知らないらしい。」

自傷の笑みと共に、秋の空を見つめる陽子。

その表情が景麒の脳裏に焼きついている。

寂しげな瞳を見て景麒の腕は陽子を捕らえた。

この思いも止められぬものと知りつつ。景麒の幸せは今、全てが腕の中にある。

景麒の行動をいさめるように陽子は言う。

「時の流れを止めるなんて出来ない事だ。私達にあたえられた長い時間を有効に使う事が出来れば良いのだけど。」

見上げてくる瞳、寂しげな様子は消え強い意思が戻っていた。

一瞬見せる寂しさや悲しみすら受け止めたいと思う。

陽子の強さに心惹かれる。

腕の中に捕らえた命を離すまいと景麒は陽子の体を強く抱いた。

鬱金色の空は、やがて緩やかに闇にと溶け込んでいく。

互いの表情も見えなくなっていた。

触れれば、その部分が熱を帯びたように痺れ。

身を引いてしまうほど心が緊張する。

この思いは甘美。

捕らえられた心は痛みすら感じ苦しい、なのに求めようとしてしまう。

まるで媚薬。

「おはようございます。」

陽子が振り向くと、金色が空の赤を光に織り交ぜたように眩しく輝く、視線の先には景麒が立っていた。

紅の空の色に良く似た赤い色の髪を束ねないで陽子は露台たたずんでいたのだ。

「おはよう。今日は随分早いな。」

一つ頷いて景麒は陽子の隣に並ぶ。

「空が赤いよ。」

「春曉と言います。時おり春の朝に空が紅色に染まります。」

考え深げに空を見ていた陽子が景麒の声にこたえた。

「赤とか紅と言うより緋色に近くないだろうか。」

まるで独り言のよう。

「緋色ですか。」

緋色とは、赤色に鬱金色を混ぜて織り成す色。互いを強く引き立て焦がれるような色。

陽子は頷いて、おどけた様に景麒に視線を向ける。

「景麒の睫毛も今は、緋色に染められているな。」

小さく笑って景麒の瞳を覗きこむようにして言う。

そして再び、移り変わる空の色に視線を向けた。

「こうして一日が始まる。」

陽子の言葉に先があるように感じ景麒は何も答えずに待っていた。

陽子は思う。

こうして景麒と過ごせる時間もお気に入りなのだと・・・

景麒の方へ視線を投げると、小さく首を傾げたように問うような表情をする。

そんな表情も陽子は好ましく思っていた。

こんな時の景麒は、陽子から顔をそむけたりはしないから。

　

１月のイベント・王様博覧会２においで下さった「屑霞」の千美さまが、イベント記念のリクエストとしてお書き下さった美しい短編です。お願いしたリクエスト、「陽子、または景麒が、相手を好きだなあ…と思う瞬間」を、あざやかな色彩や風景、仕草や言葉、綺麗なものがたくさん詰まった一編に仕上げて下さった千美さま。改めまして心からお礼を申し上げます。

　

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