恋文�V

【後】

≪休憩中を捕獲された一羽の鳥による　二通の書簡≫

――こんにちは、主上。桓魋です。

ええっと、台輔と喧嘩なさっているとか。用事で冢宰府へ伺っていた祥瓊から聞きましたよ。

……またですか。

放っておけば大丈夫だと祥瓊には言ったんですが、何しろ今回は冢宰の耳に入ってしまいましたからねえ……。

念のため申し上げておきますが、浩瀚さまを怒らせると後が怖いですよ。何しろ元の主ですから、その辺は俺もよく知っています。お早い休戦をお勧めしますよ。

ちなみにこの鸞は、そこの柳で羽根を休めていたのを、祥瓊が見つけて捕まえてきたそうです。……こいつも大分くたびれてるんでしょう。可哀想に。

どうして喧嘩なさったのかは知りませんが……いえ、もう知りたいとも思わないんですが、でも案外台輔の方がこたえていらっしゃるんじゃないかと、俺は思いますよ。

男なんて弱いものですし、自分から謝るのも下手なものなんです。

まあ理由にもよりますが、いつもみたいに些細なことが原因なら、ここはひとつ、主上の方から柔らかく出てみるっていうのもひとつの手じゃないかと思いますが。

おお、祥瓊。……何だ？　おい、祥……！

◆ ◆ ◆

――陽子？　祥瓊です。

陽子が意地を張ってるのは分かってたから、先に謝ったらって言おうと思ったんだけど、断固訂正します。

桓魋はあんなこと言ってるけど、台輔を甘やかす必要なんてないわよ。

男は自分から謝るのが苦手ですって？　だったら女がそんなこと、得意だとでも思ってるのかしら。

ばかばかしい。

台輔に恨みがあるわけでは決してないのだけれど、やっぱり男って甘やかすと増長するものなんだわ。……わたしも反省しました。

ここは陽子も是非一度、きっぱりと自分を通しておくべきよ。

ちなみに今回の銀粒は、すべて桓魋の負担です。前回の倍ははずんでおきました。陽子も手持ちが少なかったら、遠慮なく桓魋のところから持って行っていいわよ。

じゃ、がんばってね。健闘を祈ります。

……で、結局原因は何だったの？

≪時を同じくして飛ばされた二羽の鳥による　二通の書簡≫

――親の心、ね。

確かにおまえの口喧しさは、ひとりで二親を兼ねる。どうしてそうやってわたしの遣ること成すことに、いちいち反対しなくては気が済まないんだろう。

諦めを通り越して、何だか悲しくなってきた……。

わたしが奏の王宮で無作法をするとでも思っているのか、おまえは。

いくらわたしでも、最低限の礼儀作法くらい心得ている。官服は止めてそれなりに着飾るし、聞いたことを片っ端からメモに取るのも止めるし、お忍びで市井に降りたりもしない。

延王や延台輔もそれぞれ勝手気ままにふらふらしているようでいて、その実きちんと手を携えて国を支えている。あれはわたしには一種の理想像だったんだけど、景麒には無理なんだろうか。……無理なんだろうな、やっぱり。

そんなに目を離すのが心配だったら、いっそのことおまえも一緒に奏国に来ればいいんだ。……そうだ。そうすればいい。

ああ、もう何だか面倒くさいな。

直接会って話すことにする。これから仁重殿に向かうから、これを聞いたらその場から動かずに待っているように。

分かったね？　それじゃ。

◆ ◆ ◆

――可愛い子には旅をさせろ、ですか。

なかなか情に訴える仰りようですが、泣き落としは無駄だと申し上げた。一国の主が子供では困ります。……いえ、恭国は別ですが。

大体主上はいつも最初は晴れ晴れと出奔なさり、後になって寂しいと泣き言をよこされるのが常です。鸞に向かってそんなことを仰るお姿を、奏の王宮でどなたかに見られでもしたら、それこそ国の体面に関わりましょう。

……分かりました。

わたしも奏にご一緒いたします。

これは断じて私情ではなく、国と主上の行く末を案じての譲歩です。その辺りを混同なさらぬよう。

ただしきっちりと正式な手続きを踏み、公式訪問という形を取り、ご滞在は中三日のみ。それ以上の延長は罷りなりません。

よくよくご承知置き下さらねば、この提案はなかったものとします。

これ以上の間怠い遣り取りは、不要な誤解と心労を生みます。……わたしもいささか疲れました。

これから梧桐宮に参ります。これを聞かれたら、その場から動かずお待ち下さいますように。

よろしいか。それでは。

意気地なしの柳の下では

愛しい人よ、拗ねるのはもうおやめ。

― W. H. オーデン 『この島で』 ―

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『恋文』連作、本編は今回の�Vを持ちまして、ひとまず終了でございます。長くお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。思いがけないご愛顧、本当に、とても嬉しかったです。（最後にもう一度、深々と伏礼を）