「１２月は1年で最も愛について思いを致す季節である」と昨年の雑記で申し上げた記憶がございます。「あなたってこちら方面に関してはほんとに足し算主義者なのね」と数年前の同じ時期、友人に嘆息された記憶もございます。（←確か性懲りもなく３Ｐの話をしていた）
　今年も残すところあと数日、年中無休で阿呆丸出しだった雑記の締めくくりとして、愛するマドモアゼル方、ある愛のエピソードをお聞き下さい。


　先月、友人の一人とデートしたときのことです。
　「ＸＸっていう漫画があるでしょ。あれが今度実写化されて映画になるらしくてさー」
　ああ、あなた原作の大ファンだったよね。めでたい話じゃないの。
　「それがねえ！　前評判からして散々で、予告編を見たら絶望的で、こりゃもうダメダメって痛いほど分かっているのに愛を試されている気がして、観るべきか観ざるべきか……はあ……」

　友よ。親愛なる友よ。その原作を読んだことがないどころか、漫画自体をほぼ読まない不調法な当方ではあるが、時まさに愛の季節、足し算主義の愛の浮浪者として、ここはあえて言わせてほしい。
　あなたはその映画を観に行くべきであると。
　人の生涯には何度か、愛を試される時というものが訪れる。深手を負うと分かっていながら踏み込まねばならない愛の地雷原がある。しかしながら、愛は足し算だ。自ら進んで掴み取るものだ。その真価は決して無垢であることにはない。試され測られ傷つけられ、それでもなお再生する愛、さらなる輝きを増してその胸に甦るだろう愛こそが、あなたの魂を不滅のものとする。
　行きたまえ、愛の荒野を。安心してほしい、あなたの骨は責任を持ってわたしが拾う。
　そして詳しく聞かせてほしい、その映画がどれほどひどかったかを。

　かくて今月の忘年会で再会したその友人いわく、「観てきた」と。
　前評判も予告編をも上回る、まさに想像を絶するできばえであった。少しでもダメージを軽減しようと前日と翌日を確実に好きな映画でサンドウィッチしてなお深手をまぬがれないブツであった。あんなにポップコーンを食べ続けた日々は初めてだ。途中からいろんなものが麻痺して弱ってきたところに、ダメ押しでエンディングの覆い被せるような女性ヴォーカルの歌を聞かされ、あやうくいいものを見せられた気になりかけた、あのときあやしげな壷を押し売りされたらうっかり買っていたかもしれない。あらゆる意味で得がたい体験であった……。

　遠い目でそう語る友人を、同席の一同は惜しみない涙と拍手で賞賛。よくやったえらかったとその勇気を讃え、まーまーお飲みなさいと名誉の負傷をいたわり、自らの辛い体験を話芸の域にまで高めた手腕に感動する一同を見渡して、「映画自体はアレだったけど、これでモトは取れた気がする…」と友人は清められた面持ちで呟いておりましたっけ。
　それはそれとして、やっぱりそそのかした以上は別口でおごる必要がありそうだ…と考える当方の隣では、同じく原作を読んだことのある別の友人が、「そんなにすごい（？）なら…怖いもの見たさで観に行っちゃおうかな…」と恐ろしいことを口走っていました。
　わーお！　愛って伝染するものでもあるんだな！


　ひっそりと追伸：　上記の原作の通称は、「ハガレン」というのだそうです。


　　　　　　　　　　　　　　◇　　　　　　　　　　　　　　　◇　　　　　　　　　　　　　　　◇


　愛するマドモアゼル方。かくてこの愛の季節のしめくくりにご挨拶をお届けに参りました。
　正面玄関の写真をクリックして、カードをお受け取り下さいませ。アルメニアの小さな古い通りで出逢った壁の装飾があまりに綺麗で愛らしかったので、お目にかけたくて持ち帰ってきたものです。
　このモザイクめいた装飾のように、今年一年で頂いたたくさんのご縁やメッセージ、温かいお気遣いや嬉しいご感想への感謝をたくさん詰め込みました。この一年も変わることなく、電子の虚海で楽しく充実した日々を送ってこられたのは、モニターの向こうにいらっしゃる皆さまのおかげです。
　来たる新しい一年が、皆さまおひとりおひとりと周囲の方々に、多くの喜びと幸福を運んできてくれますように。心からの愛を込めて、年末のご挨拶を申し上げます。

　感謝を込めて
　天山慶路　暁子　拝

　

　うっかりこれを忘れていた！！（大慌て）

　年末に伴い、通販は１２月２４日（日）で休止となります。
　「お休み中に読むものをお渡しなさい」とお思いになられた方がいらっしゃいましたら、お気軽にお申し込み青鳥をお送り下さいませ。例によってすみやかにお返事青鳥をお送りします。
　お振込みの確認が届き次第、できるかぎり年内に発送できるようにしたいと思います！

　

【あれ？ちょうちょじゃなくって小鳥だったかな？　と首をひねりつつ振り返る前回のあらすじ】
　「百万本の薔薇の花を」という歌のモデルになったといわれるジョージアの画家、ニコ・ピロスマニの傑作の前に佇むも、例によってろくでもない方向へと迷子になり始めた我が煩悩。運命の恋に興味がないなら、心に適う例を挙げなくてはなるまい。そこでひらめいた物語とは……



　　　　　　　　　　　　　　『カルメン』でございます、マドモアゼル方。


　あーそうそう、これがあったよそうだった♪　とその場で鼻歌を歌いたくなった、有名なビゼーのオペラ劇『カルメン』。（メリメの原作はまるで別物なので除外とする）
　このドラマに描かれた恋愛で何よりグッジョブ！評価をしたいのは、燃え上がる情熱でも夢のような陶酔でもなく、「問答無用のやり切った感」なのでございます。
　まずはホセをご覧下さい、マドモアゼル方。女に惚れて職を投げ打ち身を持ち崩し、盗賊にまで加わった挙句に心変わりされ、プライドも捨てて泣いて縋って脅して、それでも叶わず相手の命を奪ってしまう。その是非はさておき、あらゆる手を尽くしてここまでフルコースの満漢全席を味わえば、よもや思い残すことはあるまいよ、という気分になります。
　惚れられたカルメンはといえば、こちらも己を貫いた好例です。逃げる手段に使った男と恋をして、醒めれば正直にそれを捨てて次の恋に走り、ナイフで復縁を迫られても断固拒否して命を落とした彼女にもやっぱり、歓喜も代償も含めてやりたいことをやりたいようにやったんだから、これまた悔いはあるまいよ、という気分になるのですね。
　しかしながら、殺すのはよくない。何があってもどんな意味でもよろしくない。
　そこで、「まあひとまず落ち着きたまえよ」と円卓に当事者３名（ホセ・カルメン・及び闘牛士で新しい恋人のエスカミーリョ）を就かせ、ワインでも勧めながら切り出したい提案はこうです。
　ここはおひとつ、３人で愛し合ってみてはいかがだろうか。

　「愛」は本能であっても、「愛する」というのは技術であり、その持続には知性と努力を必要とします。愛という意味において人と人とがうまくいかなくなったとき、自分自身とその愛を尊重するためにも関係を終えるというのが最良である場合は多いのですが、それを通り越してここまで暴走しちゃった場合には例外的手段を講じる必要がある。決して万人向けではなく、また万能薬でもないと分かった上で、この３人に限ってはあえてお勧めしたい。
　何も生まないエンディングを迎えるくらいなら、愛というものの新しい可能性に賭けてみてはどうか。偶数でだめなら奇数でトライ、既成の概念も価値観もいったんまるっと捨てて、裸の気持ちで愛の地平に立つ。そうすれば、やがて広がった視野の先、彼方から射す未知の光を見出せるのではないか。それこそが３Ｐの神秘というものではないだろうか。
　と、このように心を込めて訴えかけたいのでございます。

　ホセやカルメンはさておき、ここで問題となるのは巻き込まれたエスカミーリョの心境ではないのかという懸念もうっすらあるにはあるのですが、大丈夫、彼は闘牛士です。獰猛な牛と一対一で命のやり取りをする、その緊張と孤独と恍惚を身体で知っている人です。その器と度量に不足はない。
　大丈夫、彼はやればできる子だから！という無責任な煩悩の囁きに全幅の信頼を置き、ここはひとつ奇数によって紡ぎ出される愛の行方を注視したい所存です。

　……でもですねえ、愛するマドモアゼル方。
　上記の形で最も愛が進展するのは、ホセとエスカミーリョの関係のような気がしないでもない。

　

　以上、「正面玄関のこの絵を眺めながら、どこをどう押したらこういう結論に辿りつくのかさっぱり分からん！」というモニター越しの気配をひしひしと感じつつ、そっとハリセンをお渡しして頭をさし出し平伏する週末の午後なのでした。

　

＞はくさま
　お蔵入りなブツへの温かいメッセージ、すごく嬉しく拝見しました。ありがとうございます♪（だというのにお返事が遅れてしまってごめんなさい！）
　『落照の獄』が一番のお気に入りと伺って、こ、これは本物でいらっしゃる…！とひそかに震撼いたしました。ぶるぶる。いつか機会が巡ってきたときにはためらうことなく「お蔵入り」の看板を投げ捨て、需要を省みることなく煩悩道を邁進しようと思います！
　実を申しますとですね、救いのない感じのものはもうひとつありまして（景陽）、これはもうお蔵入りを通り越していろいろな意味で「禁じ手」の域なので、とりあえず鍵をかけて御庫に保管してあります。ですが、いつ降ってくるかわからないのが煩悩と天啓なのでして、そのときがきたら怯まず臆さず形にしたいと思います。
　思いがけない嬉しいお便り、本当にありがとうございます♪

　

　マドモアゼル方、『百万本の薔薇の花を』というロシアの歌をご存じでしょうか。
　貧しい画家が美しい女優に恋焦がれて、彼女のいる窓から見えるように広場いっぱいに薔薇を敷き詰め、見て下さい、これがわたしの心です、と訴えかけるこの歌には実在のモデルがあったといわれていて、それが今日正面玄関からお届けするニコ・ピロスマニの絵、『女優マルガリータ』です。

　「グルジアにはわたしの絵はいらない、ピロスマニがいるからだ」とあのピカソをして言わせしめたピロスマニは、ジョージアでは誰もが知っている国民的画家ですが、生前はあまり恵まれた生活を送ることなく、寡黙で人付き合いの苦手な性格も手伝ってか、不遇の一生を終えたとされています。…と伝文調で書かなくてはならないくらい、生前の姿には不明なことの方が多いらしい…。
　その彼が、生涯唯一といっていいほどの深い愛を捧げたといわれているのが、巡業でティビリシを訪れたフランスの女優マルガリータ。彼らの間にどんな交流があったのか、それともなかったのかすら定かではないのですが、彼女が去った後、ピロスマニが描いたのがこの絵です。

　不思議な絵です。フランス人女性をモデルにしながら、描かれているのは典型的なグルジアの女性。くっきりと濃い眉と大きな瞳、しっかりとした豊かな体つきや静謐な無表情は、 愛する人というよりも聖母や大地母神や、そういう抽象的な存在を描いたもののように感じられます。
　動きの少ない全身が仄白く発光しているかのような衣裳、おそらくは深い思いを込めて描いたのだろう固く束ねた花や金色の鳥たち、蓮のようにも沼地のようにも見える足元の大地。内へ内へと籠るしかなかった情熱が、心に秘めて思い続けた姿を、とうとうこんな風に一枚の絵の中に閉じ込めてしまったんだなあ…と思うと、なんともいえないため息が出たのを覚えています。

　正直に申しますと、いわゆる「運命の恋」というものはまるで信じていません。どんな関係であれ、双方の自力によって作られると思うからで、それが環境やタイミングや意志によってどんな風に展開するか、という問題にすぎないと思うからなのですね。
　で、そう思いながら改めてこの絵を眺めますと、こりゃ自力で「運命の恋」を作っちゃった人なんだな…！という感嘆の念が湧いてくるのです。
　ごくありふれた一過性の恋、というだけであったかも知れないものを、心の底で煮詰めて押し固めて昇華させて、一枚の絵の中に閉じ込めた。その情熱の前には、はたしてそれが運命的なものであったのかどうかはどうでもよろしいのであって、この得体の知れないエネルギー、持続するマグマのようなこの執念をこそ手放しで賞賛すべきである、と心の一部が深いため息をつくのです。

　ピロスマニの死後、国外を巡回したこの絵はパリの展覧会にも出展され、８０代になったマルガリータ本人がひっそりと 会場を訪ねてきたといわれています。「あの頃のわたしには、彼の愛が分からなかった」と呟いたといわれていますが、どういう意味だったのか、それが本当に彼女の発言だったのかも、やはり定かではありません。
　


　……しかしながら、愛するマドモアゼル方。
　よりいっそう正直に申し上げますと、別れた相手が自分をモデルに絵を描いたら、そしてそれがこういう絵だと分かったら、若干…いや、結構かなりびびる。
　永遠に昇華されて形あるものとして残されるよりも、なんかこう、もっとルーズかつフィジカルにやる方が、個人的にはずっと好みに合うなあ…って、じゃあ具体的に例を挙げろといわれたらどうしようか…うーん…としばし考えた挙句、ぽかっと浮かんだ物語がありました。
　そうそう、あれだ！　あの有名な！　「恋は蝶々」とか何とか歌って最後に刺されるヤツ！！


　以下次号に続く。