海の向こうからの手紙

―「恋文�V」 その後―

　　【中】

小さな身体に三人分の声をたずさえた鳥が、少しばかりよろめきながら禁門に舞い降りたのは、それから三日目の朝だった。

慶の王宮は、穏やかな休日を迎えていた。

先の便りと同じく、まずは冢宰の私邸に送られてさえずった後、銀粒を貰って一息ついた鸞は、太師官邸へと送られた。

木漏れ日の明るい昼下がり、庭院に面した堂室では、ちょうど円卓を囲んで休日の昼食が終わったところだった。

【 清漢宮―金波宮：　奏国公主からの私的な挨拶 】

――金波宮の皆さま。お初におめもじ仕ります。宗王が公主、文姫と申します。

初めてのご挨拶をこのような形でさしあげる失礼、お許し下さいね。先日景王君が鸞をお送りになるのを拝見して、あまりに楽しそうでしたので、つい内緒で便乗させて頂いた次第です。

こちらでのお二方のご滞在は、万事滞りなく順調です。どうか皆さまもご安心下さいますように。

気さくで凛々しいお方と伺ってはおりましたけれど、実際にお会いした景王君は、本当にお噂通りの方でした。清漢宮一同たいそう感銘を受け、また台輔とも仲睦まじいご様子、大変微笑ましく拝見しております。

わたしにも兄が二人おりまして、失礼ながら景台輔を拝見しておりますと、とかく儀礼や格式に細かい上の兄の姿が重なります。もうひとりは勝手気侭で滅多にうちに寄りつかず、母をしょっちゅう憤慨させているのですけれど。……あら。

とんだ私事を申し上げてしまいました。

今日は隆洽郊外にある保翠院へ、お二方をご案内しました。お連れの官任せになさらず、ご自身で見聞を深めようとなさる景王君のご熱心さに、こちらから随行した官たちも感服しておりました。……台輔、ですか？

景台輔はもっぱら脇に控え、ご主君の代わりに覚え書きを取っておいででした。本当に主上思いの麗しいお振舞いとお見受けいたします。

景台輔にお目にかかるのは、泰麒捜索の夏以来二度目なのですけれど、今回はご主君とご一緒のせいでしょうか。つまり……そう、とても生き生きとなさっておいでです。

年も近い者同士、せっかくこんなに仲良くなったのですから、景勝地として名高い沙明山へもご案内してゆっくりお話したかったのですけれど、国許には中三日と言い置いてあると、これまた台輔が固く辞退なさいまして……。

残念ですけれど、今回は公務第一のご訪問。またの機会にと、しっかりお約束いたしました。明日は各府第をご案内して、医療方面の税制度や組織の運営方法をご説明する予定です。

そうそう。次に機会があるときは、わたしが宗王の名代として慶を訪問させて頂く予定です。父にも了承を得ましたし、下の兄にばかり楽しい思いをさせるのはもう飽きてしまいましたの。

慶と云えば、登極直後から勢いがあると伺っているお国柄。つぶさに見聞させて頂くのが本当に楽しみです。

末尾となりましたけれど、慶国の末永いご繁栄と皆さまのご健勝を心よりお祈り申し上げ、ご挨拶に代えさせて下さいね。

金波宮でお目にかかる日まで、皆さまもどうぞおすこやかでいらっしゃいますように。

鳥がさえずった最初の便りを聞き終わると、黒髪の娘は軽いため息を漏らした。向かいで茶を淹れていた娘が手を止めて、藍色の目を瞬かせる。

「どうかしたの、鈴？」

「ううん。でも、こんな風に鳥の声を聞いていると、二人とも本当に留守なんだってよく分かって……何だか変な気分」

鈴の浮かない顔を見て、祥瓊は明るく笑った。

「大丈夫、すぐに元気で帰ってくるわよ。陽子ひとりならともかく、今回は台輔が一緒なんだもの」

まあ、王宮が随分静かになってしまったのは確かだけれど……と祥瓊は卓子に茶器を置く。

「その分あちらが賑やかになってるわよ。陽子に加えて、奏には同じ年頃の公主もいらっしゃるし。台輔もいろいろ大変なんじゃないかしら」

その言葉に促されるように、鈴は園林の向こうに目をやった。――その先には、主の帰りを待つ仁重殿がある。

再び小さなため息を耳にして、祥瓊はくすくす笑った。

「分かった。鈴は台輔が好きなのね」

あの不器用で無愛想な麒麟に、鈴がいつも温かく接しているのは知っている。だから本当に冗談で口にした言葉だったのに、鈴はひどく静かに頷いた。

「……うん。そうみたい」

予想外の答えだった。

完全に言葉を失って、祥瓊はうろたえたように口元を抑える。そんな友人に気づくと、鈴は仄かに笑った。

あどけないばかりの少女には不可能な、柔らかく翳りを帯びた笑顔だった。

「自分でも気がつかないうちから、ずっと好きだったみたい。だって素敵な人だもの。――でも、陽子と一緒にいるときの台輔がいちばん好きなの。知ってる？　陽子が傍にいると、台輔の周りの空気が変わるの。何て言っていいのか分からないんだけど……ちょうどそこだけが春になるみたいに」

祥瓊が一緒のときの桓魋と同じよ、と鈴は目を細めた。

「だから、そんな顔しないで」

何となく涙ぐみたいような気持ちで鈴の肩を抱くと、祥瓊はつとめて明るく口を開く。

「こんなにしっかり留守番したんだから、お土産、たくさん貰わなくちゃね」

笑顔を見せて頷いた鈴がつややかな羽根を撫でてやると、鸞はもう一度機嫌良く、今度は赤い髪の娘の声でさえずり出した。

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